ベンゾジアゼピンってのは本当にひどいクスリで、違法薬物よりタチが悪いと言っている専門家もいるくらいのやべぇものです。
このクスリが絡む問題・・・要するに「世の中の真実」を知ってしまうと、普段そういう意識がない人でも、
「これはなんとかしないといけない」
と思うようになります。
ぼくは、これには3つの方向性があると思っています。
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①啓蒙活動
このクスリのいちばんの問題は、一般の認知度がまだまだ低い、というこれに尽きます。
みんななぜこのクスリの罠にハマってしまうかというと、
「どういうクスリなのかちゃんと知らなかった」
からです。
薬害の渦中にいる人が口をそろえて言うのは、
「こんなクスリだと知っていたら、そもそも服用することはなかったのに」
「こんなクスリを飲むのなら、鬱病のまま苦しんでいた方が100倍マシだった」
といった類の後悔です。
こういった後悔を今後はなるべく減らせるように、啓蒙活動が必要なのです。
ぼくのようにネットでブログを書いたり、SNSで活動してもいいですし、(合法的な手順にのっとった)デモなどでこの活動はできます。

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②政府に圧力をかける
一般市民側が意識を高めなければいけないのはもちろんありますが、それに加えて、公に対して圧力をかけるのも必要です。
というのも、市民の意識関係なしに、そもそもの話、こんなクスリが処方されない法律体系ができていたら、問題は起こりようがないからです。
方法としては、協議会などの団体を作ったり、デモ活動などがあると思います。
ただし、これについては、言うのは簡単ですが、結果を残すとなるとかなり厳しいものがあるというのを理解しないといけません。
実際に、団体を構えて政府にかけあっている組織もありますが、結果はかなり厳しいもののようです。
もちろん、結果を出している団体もあることはあります。
何年も前に、発達障害の子どもに対して処方されていた「リタリン」に規制が入ったのを知っている方も多いと思いますが、これは実は市民団体による功績が大きかったという背景があります。
しかし、ベンゾそもそもの大胆な処方規制・・・などとなると、小規模団体の圧力ではどうしようもない部分があるのが現実です。
過去に、イギリスではベンゾの処方規制が大きく行われましたが、これは被害者を中心に大規模訴訟が巻き起こったからです。
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「じゃあやっても無意味なのか」といったらもちろんそんなことはありません。
むしろ、これは誰かが必ずやらなければいけないことです。
政府や、クスリを実際に売って儲けている製薬会社は、市民が何も言わずおとなしいと、どんどん調子に乗るものです。
大々的な結果がなかなか出せなくても、公から見て、
「なんかめんどくさいな」
とでも思わせられれば、それだけでも全然違います。
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ちなみに、これは重要なことなのですが、そういった圧力活動は、
非暴力
で行わなければいけません。
いくら医者や製薬会社が憎くても、精神科医を殴ったり、病院や公的機関に対していやがらせをしたりしてはいけないのです。
当たり前のことですが、一応、です。
抵抗は必ず非暴力で、愛を持って行わなければいけません。
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③苦しい人へのサポート
いままで紹介した2つについては、実はぼく自身はほとんど関与していません。
理由は「そういった活動が得意なタイプではないから」です汗。
ぼくがやっているのは、クスリでいま現在苦しい人への具体的なサポートを提供することです。
これについては、逆にめちゃくちゃ適任だと思っているので日々頑張っています^^
まず、断薬カウンセリングを行っています。
薬害で苦しい人は「誰にもこの苦しみを共有できない」という悩みを抱えていることが多いので、需要はかなりありますね。
そして、必要とする人にはレイキという民間療法のヒーリングを提供しています。
どちらも医療行為ではないので、あくまで主治医との相談・治療をベースとした補完的療法になりますが、それでも楽になる方がいらっしゃいます。
ぼくはいまの活動に意義を感じています。
ぼくはこのように民間施療院として、要するに営利団体(つってもオレひとりだけどw)として活動していますが、傾聴ボランティアなども、方法としてはアリだと思います。
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というわけで3つの方向性を示してみました。
最後に言いたいのは、啓蒙活動をする側、サポートする側は人員が全く足りていないので、思想や考え方が多少違ったとしても、「この問題をなんとかしたい」という共通の問題意識が根っこにあれば、誰でもウェルカム状態だということです。
いやぁ、ほんとうに足りてません。。
ぼく自身も、できれば横のつながりを持ってやっていきたいので、この施療院の活動から、ネットワークが広がっていったらいいと考えてます^^


